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KEN ISOBE ARCHITECT

ケン イソベ アーキテクト 建築設計事務所

代表 磯部 賢

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思想的背景 Essay


テクノロジーの時代からヒューマニティーの時代へ/単なる技術追求の時代から、人間性を重んじた新しい豊かな時代へ!

私は、大学時代に建築学科ではなく社会科学全般を扱う学科で学び、とりわけ、哲学・社会思想・社会心理といったフィールドに強く傾倒していました。国家理念と世界のパラダイム形成との結びつき。経済消費社会と社会心理・集団心理・個々の人間の精神形成との密接性。こうした問題に私は何よりも興味を感じていました。
要するに私は「人間」や「精神」といったものに人一倍興味があったように思います。

その後、私は「建築」という存在に非常に関心を持つようになりました。物理的な事象に属する建築が、実はその背後に様々な理念を宿しているという事実を知り、また、その思想的深さに当時私は感動すら覚えたものです。私は専門学校に入学し、設計製図の技術を習得しながら懸命に建築学を渉猟しました。当時は当時ピーター・アイゼンマンという理論派の建築家に強く惹かれました。壁と床という既成概念が根底から揺らぎ、而して恐るべき明晰性を備えた彼の建築哲学は、私を強く魅了してやみませんでした。少なくとも、大震災が起きるまでは…。

阪神淡路大震災。それは、実家の神戸が被災したという意味だけではなく、建築の道を歩み始めていた私にとってはまさしく衝撃的な出来事でした。崩れかけて斜めに傾いたビルの光景は、まるで建築家アイゼンマンが創り出す建築に酷似していたのです。多くの悲しみが覆い尽くしたその都市の風景は、その時私にまざまざと教えてくれました。
「いかに高遠な理論から抽出されて生み出される建築であろうとも、人の生命を守るという建築本来の使命を果たせない限り、それは無意味なのではないか」と。

独りよがりのデザインに固執する事の儚さもまた、私は身に沁みて感じました。その結果として、私はシカゴの大学院で超高層ビルの研究室に入ることとなりました。超高層ビルは、社会や時代の映し鏡として存在する建築の中でも、とりわけ、発展する経済社会の象徴的側面が強く、また、まず何よりも他のいかなる建築よりも構造的強度が求められ、利用する人の数が圧倒的に多いという点等、高い社会性を有するからです。超高層ビルの研究・設計を通じ、機能や技術という側面のみならず、要求される具体的ポイントを含めて関わってくる数多くの要素を包括的に取り込み、形に具現化していく事の困難さと大切さを私は学ぶことが出来ました。そしてその時、最終的に最も大切になるのが“人間の精神的な部分”だという事も身をもって学んだように思います。テクノロジーは永遠に人間という崇高なる存在を超える事は出来ないのです。

今後は、建築に限らずあらゆるもののデザイン活動に携わっていきたいと思っています。そして、デザインするものの大小に係わらず、常に、それを利用する人間の心の動きを見つめていきたいと思います。今、社会では、家族や人間関係のありようが問い直されています。建築によって生まれ出ずる「場」によって、私はやはり人々を守り、精神的な部分に何かを問いかけていきたいと願いますし、また、人と人の繋がりを再認識出来るような空間を創出出来れば素晴らしいと思っています。かつて文系に身を置き、ひたすら「人間」について思いを寄せてきた自分だからこそ創る事が出来る空間があるのではないかと信じています。

時代が失いつつある大切なもの

わが国は古来土建国家と呼ばれ、建築は“箱モノ”と揶揄され続けました。しかし現在、建築や都市を取り巻く状況は目めまぐるしく変容しています。建築を中心として駆動してきた社会構造、建築に寄り掛かって存続してきた社会構造そのものが崩壊しつつあります。かつての中央集権的なピラミッド型・ツリー構造型社会から、新しいネットワーク型・リゾーム型社会へ。パラダイムシフトは確実に進んでいます。新しい時代に向けて日本国自体が変革を迫られるこの時代において、建築が果たすべき役割について真剣に考え直さなくてはならないと私は考えます。大震災という自然災害だけでなく、2005年11月には耐震強度偽装という人為的な大事件も発生しました。社会においては、家族間で殺し合う悲惨な事件も頻発しています。生命倫理は崩壊の一途を辿るばかりです。国家的理念さえ明確でない時代に我々は生きています。理念なき国家は何処へ向かうのでしょうか?

時代が失いつつある大切なものを今こそ取り戻さなければならないと私は考えます。生命を尊び、健全な社会理念の再構築を目指す。こうした社会と都市の姿を、私は常にどこかで夢想しています。温かな場所、美しい空間、安全で緑溢れる都市、日本のアイデンティティ、これらを取り戻さなくてはならないと私は考えます。
これらは全て「人間」が保全し、作り出していかなくてはならないのです。

建築空間やあらゆるデザインにおいて、具体的には常に「豊かさ」と「深さ」を追い続けていきたいと考えます。更に具体的に言えば、「様々な価値感や考え方」が同居し、静かな一体感を感じる事の出来るデザインを作っていきたいと考えます。この世には様々な価値感・関係性が存在します。自然と人工、伝統と革新、過去と未来、光と影、明と暗、美と醜、静と動、冷たさと温かさ、内と外、洋の東西、ストイシズムとエロティシズム、ミニマルとデコラティブ、枯淡と華美、節制と豊穣、寡黙と多弁、激情と冷静、鋭さと丸さ、厳しさと優しさ、柔と剛、個と社会、拡散と集束、開放性と閉鎖性、遠心性と求心性、理論と皮膚感覚… こうした価値について、単なる物理的な事象ではなく精神的に深く係わる事象として常に意識し、更には「対極にあるもの」「相反する価値感」が決して反目する事なく同居し、お互いを高めあうような関係性を目指しながら設計を進めていきたいと考えます。


そしてそれらは全て我々人間の真の心の豊かさに通じるものでありたいと考えます。互いを生かし合いながら新しい価値や豊かさを創造するという価値感こそ、わが国古来の精神的豊かさであると私は考えます。常に「人間中心」「共存共栄を目指した心の豊かさ」を目指しながら、様々なプロジェクトにおいてお客様の要望を大切に汲み取り、デザインを通して表現していきたいと考えています。

デザインとは単なる即物的な美を意味するものではなく、必ず心に響くものでなくてはならいと私は強く考えます。モノが単なるモノを超えていく瞬間、心に豊かに問い掛ける瞬間を常に誰よりも強く意識しながら、私はデザインという活動を一生涯続けていくつもりです。

かつて建築の実務に携わり始めた際、知人が書き送ってくれた言葉が、今も私の胸にこだまし続けています。
“いつの日か、(人間という存在を越えて)、天と地が和解するような建築を、是非創って下さい…”